クロネコの塵壺

自分の頭で考えて生きていこう

2020年プログラミング必修化について思うこと(前編)

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教育問題については以前から関心がありまして、小学校でプログラミング教育が開始される件も気になっていました。

2、3日前の読売新聞でこの件が特集されていたので、今回はそのことについて書きたいと思います。

 

本題に入る前に「なんで教育問題に関心があるのかな」って考えてみました。別に教師になりたかった訳でもないので、なんでだろうって。それは身近なことだからかもしれません。

会社のOJTで新人に職場や仕事のノウハウを教えたり、友人に自分の知っている知識やスキルを教えたり、または自分が誰かから何かを学んだり。

教える、教えられるって関係は、人が生きている以上発生しますよね。

そして、教えるのってそれがどんな些細なことでもけっこう難しい。まず、1を教えるためには10を知っておく必要があります。

知識だけではなく、相手のレベルとか目的も見極めて、どういう教え方が良いのかも考える必要があります。

そして、僕が一番躊躇するのが、その人の成長は教わる人間に規定される可能性が高いってことです。

僕は囲碁をやるんですけど、囲碁の世界でも最初に教わった人よりも強くなることは難しい、みたいなことが言われています。

最初に下手くそな人に教わるとその影響が後々まで響く、ということだと思います。

そう考えると、何かを人に教えるって責任重大なことなんだなって思っちゃいます。まあ、そんなに真剣に悩んでたら何もできなくなっちゃいますけど。

 

身近なことっていう切り口でもう一つ挙げると、教育は国の将来に密接に関わっている、という点です。

国を変えたければ、教育を変える必要がある。これは真理だと思います。ただ、50年とか100年っていう単位で時間はかかると思いますけど。

日本は、課題先進国って言われていますし、政治やそれを支えてきた官僚制度も綻びが見え始めています。

これらを改善したり、これから日本の国力を維持して、国際社会である程度の地位を維持するためには、どのような教育が必要なのでしょうか。

2020年から小学生にプログラミング教育を開始したとして、それが日本の国力にどのように影響するのか。興味深いところですね。

そして、方向性としてはSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)教育の重要性が高まるのは間違いなさそうです。

米国の金融機関では、すでに新規採用の大半をSTEM教育を受けた人材にしているようですし、日本の金融機関もその流れに追従しているようです。

金融機関なんて文系人間ばかりで、一部の職種のみ理系ってイメージでしたけど、もう違うんですね。

すみません、なんか本題に入る前にだらだら書いてしまったので、続きは来週書きます。