読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クロネコの塵壺

自分の頭で考えて生きていこう

「山田孝之のカンヌ映画祭」を見てがっかりした3つのポイント

film

山田孝之のカンヌ映画祭」を全編見ました。ちょっと前の記事(→「山田孝之のカンヌ映画祭」に心を鷲掴みにされた3つのポイント)で、この作品のことを絶賛していたのですが少し意見が変わったので、今回はそのことについて書きたいと思います。

前作の「山田孝之東京都北区赤羽」が非常に良い作品だったので、同じようなクオリティを求めてしまったのが原因かもしれません。前作を見ていなければここまでがっかりすることはなかったでしょう。

途中で見るのが辛くなってきたのですが、どう決着をつけるのかが気になったので最後まで見ました。

それでは、がっかりした点を3つ挙げます。

展開が遅く、映画が一向に完成しないというストレス

最終回間近に気がつきましたけど、今回は映画制作のディストピア的な世界を表現する試みだと思いました。こうやって映画を作ると失敗するよってことを描きたかったのだと思います。水商売の人から資金を調達するとか脚本を作らないでキャスティングや撮影をスタートさせようとするとか。

カンヌという夢をぶち上げてそこに向かってみんなで試行錯誤していくという王道の展開を期待していたので、現場が空中分解していくストーリーにはストレスを感じました。映画が完成する気配がないし、それよりもコレ映画になるの?っていうキャスティングとストーリーで、うーん、あまり感情移入できなかったですね。

芦田愛菜ちゃんの出オチ感がすごいというストレス

主演・芦田愛菜というのは、つかみとして非常に良かったし、これからどうなるんだろう、という期待が膨らんでいきました。が、残念ながら回を重ねるにつれてこれは出オチ以外の何者でもないのではないかという思いが募っていきました。

まあ、可愛いですし、画面に映るだけで癒されるのでそれはいいんですが、もうちょっと活躍するシーンを描けなかったのでしょうか。最終回手前で少し見せ場はありましたけど。

人間関係の崩壊過程が見ていて気持ちの良いものではなかったというストレス

前作の「山田孝之東京都北区赤羽」では、北区赤羽の人々との心温まる交流がメインでした。時には衝突することもありましたけど、基本的にはポジティブな雰囲気で見ていて胸が熱くなるシーンが多かったような気がします。

一方で今回の作品では、役者が次々に降板し、最終的には主演と監督がいなくなって崩壊するという、見ていて心が痛くなるような状況でした。フェイクドキュメンタリーということは分かっているのですが、期待していた方向性と違う展開にストレスを感じてしまったのは事実です。

まとめ

期待していたストーリー展開ではないことからストレスを感じましたが、とは言え、プリプロダクションの部分から映画作りの現場や過程を見れたのは貴重でしたし、楽しんでいる自分がいたのは事実です。映画作りの肝は、脚本とお金、この2つがとても重要であることを学びました。これは人生にも当てはまりそうですね。主演を自分と見立てて、しっかりした脚本とお金を用意すれば充実した人生を歩めるかもしれません。

この作品の中で制作された6月公開「映画 山田孝之3D」が今から楽しみで仕方ありません。