クロネコの塵壺

自分の頭で考えて生きていこう

自己表現について考える

f:id:mygt:20170922195149j:plain

今回は、本ブログのテーマでもある自己表現について少し考えたいと思います。というのも、最近、自己表現に関する興味深い記事を発見したからです。ブログのテーマというより自分自身のテーマと言った方がいいかもしれませんね。

まず、一般的な言葉の定義を確認しておきます。

自己表現とは、以下のことを意味します。

自分の内にあるものを別の形にして外部化することを意味する語。自己表現には、自分の考えを言葉で人に伝えることや、自分の感情を反映させた芸術作品を作ることなどが含まれる。

出典:日本語表現辞典 Weblio辞書

表現の一種なので、

自己表現 = 方向性 + 内容 + 方法 

と分解できると考えます。

つまり、誰に対して(方向性)、どのようなこと(内容)を、どのように(方法)発信するのか、ということだと思います。

上記を念頭に置きつつ、ここからは最近発見した興味深い記事を3つご紹介したいと思います。3つの記事は同じ自己表現ということについて語っているのですが、少しずつ視点が異なっています。

1つ目は、山田ズーニーさんの小論文教室の記事です。

Lesson 8 自分を表現する」では、自己表現する媒体や機会が増えつつある中で、表現するとはどういうことか、そもそもなぜ自己表現をする必要はあるのか、という問いから自己表現を掘り下げています。

この記事では、自己表現の方向性は、自分以外の第三者、表現の内容は自己の内面、表現方法は書くこと、という前提で記事が書かれています。

自己表現の必然性について言及をしていまして、例えば、好きな人に近づきたいと思った場合、自分の内面を相手に知ってもらう必要がある。だから、自己表現が必要になってくるという話や、表現されない自己はないに等しい、という少し手厳しいことも言っています。

少しでも自己表現をしたいけど躊躇したり躓く場合は何が障害になっているのか、その要因を分析している部分や自己表現のプロセスを細かく分析してハードルを下げるにはどうすればいいのかを考察している部分はとても役に立ちました。

2つ目は、Chikirinさんの記事です。

自分の表現方法と出会う」では、Phaさんとの対談による気づきが書かれていまして、Phaさんの「プログラミングを知ったことで、自分に適した表現方法に出会った。」という発言から、プログミングは単にソフトウェアを制作するための道具ではなく、プレゼンツールや自己表現のツールとも捉えることができる、という感想を述べています。

そして、自分に適した自己表現の方法、ツールを早いうちに身につけることは、幸福に生きるための原動力となり得る、という趣旨のことを書いています。

この記事では、自己表現の方向性として他人だけでなく、自分自身も含んでいるところが興味深いです。つまり、自己理解の一環としての自己表現にも触れています。

人は自分の中の「何か」を理解できていない場合があるので、表現して具体化することで、初めてその「何か」を認知することができるのではないか、ということです。自己表現の方法についても「話し言葉、書き言葉、プログミング、楽器、映像、ビジネス、・・・」など多種多様なものを挙げています。

「幼少期に自分に適した自己表現を見つけることは、社会と繋がり、疎外感を減じるための大きな力になるはず。社会とうまく繋がれていない、誰も自分をきちんと理解してくれない、と考えている人は、実は自分にベストな自己表現の方法に出会っていないだけなのかもしれない」という趣旨のことを述べていて、非常に共感しました。

3つ目は、「きりくちぶろぐ」さんの記事です。

何かを表現したい人に必要な3つの普遍的なこと」では、表現したい人が、何を意識したら表現できるようになるのか、について重要なことを3つ挙げています。

その3つとは、インプットの量、感受性、伝導率です。

最後が少し分かりにくいかもしれません。私の理解では、伝導率とは蓄えたものを外へ出す際の適切な方法に関することです。適切ではない方法でアウトプットすると伝導率は低くなり、最適な方法でアウトプットすれば伝導率は高くなるということではないでしょうか。

筆者は、

表現=インプットの量x感受性x伝導率

という公式を提唱しているのですが、インプットの量を増やし、感受性を磨いていけば自然と蓄えたものを誰かに伝えたくなるし、その時に伝導率のことを考慮して適切な手段で発信すればより相手に伝えやすくなるということだと思います。

筆者の方が最後に以下のように述べていました。

人に褒められたり評価されたりすることを目指して表現してもいんだけど、世の中を自分を通して表現できるようになれたらそれだけで楽しいからそっちのほうが気持ちいいかもね。

 

割りと真面目にそう思う。

この意見には大賛成で、「世の中を自分を通して表現できるようになれたらそれだけで楽しい」というのは、自己理解が深まり、それが自分の軸を構築したり自信に繋がるからだと思います。人は物理的にしろ、概念的にしろ、自分の中から何かを出すことでストレスを解消できるので、そういう側面もあるかもしれません。

まとめ

自己表現の効用には、自分の内面を他者に知ってもらい、深いコミュニケーションを可能にすることだけでなく、

自分を通して表現したもの、具体化したものを改めて観察することで、自分の中の「何か」を理解でき、自己理解が深まるという側面があると思います。

私としては、後者の方に興味があるので、とりあえずブログという手段を通して自己理解を深めようとしているのですが、そもそも書くという表現方法が自分に最適なのかも怪しいので、今後ともいろいろな表現方法にトライしつつ、自分にしっくりくるものを見つけたいと考えています。

それにしても「何か」って何なんですかね。私は、恥ずかしながら自分の中の「何か」が分からない人間です。死ぬまでにはその輪郭を見つけたいと切に願っています。