クロネコの塵壺

自分の頭で考えて生きていこう

はてなブログを100記事書いて分かったこと

A House-Hoarder’s Home

今回の記事で100記事に到達したので、これも一つの区切りということで振り返りと今後の展望(?)について書きたいと思います。いつも読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。

 

以前は二日に一回の更新ペースを守っていたのですが、公私ともに忙しくなってきたこともあり、現在は一週間に一回程度のペースに落ちています。ネタが尽きたということではないので、今後も一週間に一回のペースは守っていきたいと思っています。

 

ということで振り返りですが、前回の振り返りは2017年2月(2017年2月の振り返り - クロネコの塵壺)なので、約5ヵ月ぶりですね。ちなみに2017年1月にも振り返り記事を書いています。(はてなブログを継続して気づいたこと - クロネコの塵壺

 

ブログの目的

このブログの目的は、前回の振り返り記事でも書いた通り、自己表現の練習です。今までの人生において積極的に自分を表現することをしてこなかったので、文章を通して表現力を鍛えていこう、という試みです。そして、自分が考えていることを表現することで自分の内面を客観的に把握して、自分の進むべき方向性や自分が何者なのかを改めて考えることを視野に入れています。

 

進みたい方向性が少し明確になった 

上記の観点でこれまで書いてきた記事を眺めてみたり、ブログのキャッチコピーを眺めてみると、自分の進みたい方向性が少し明確になってきた気がします。

 

特にブログのキャッチコピーの「自分の頭で考えて生きていこう」やプロフィール詳細に書いている「<やさしい無関心>から<ゆるやかな関与>を指向します。」という文章は、好きな作家さんの文章を拝借したものなのですが、まさに自分の目指したい方向性を表す言葉として、とても気に入っています。

 

こういうキャッチコピーや言葉に出会えたのも言葉に対する感覚が研ぎ澄まされてきたからだと考えています。100個の記事を書いていく過程で、コピーライティングや語彙の重要性、言葉の奥深さが感覚的に分かってきたのかもしれません。常に自分の考えや感覚にしっくりくる言葉や語彙を探すようになりました。

 

はてなブログだから100記事書けた

そして、私の場合は、はてなブログだから100記事書くことができた、と言えるでしょう。購読しているブログは既に100を超えていて全てをチェックできている訳ではないのですが、モチベーションを刺激される記事が多いですし、自分がブログを書く時の参考にさせて頂いているブログも多数あります。

 

私が一番影響を受けたブログがありまして、そのブログの筆者はアクセス数やブクマの数などを一切気にせず自分の主観的な考えや思いをただぶちまけるだけ、というなんとも剛直なスタイルでした。かなりお若い方だったのですが、その知見や教養は私のはるか上をいっておりまして、毎回、楽しく拝見させて頂いていたのですが、残念ながらブログを閉鎖されてしまいました。

 

私のブログには「思索」や「雑感」というカテゴリがあります。これは上述のブログの影響です。建前ばかりの日本社会において主観的なものをアウトプットすることはストレス解消になりますし、共感が得られれば嬉しく思います。共感が得られなくても自分を客観的に見つめ直したり、掘り下げる良い機会になると思います。

 

文章が硬い

もう一つ、100記事書いてみて改めて分かったこと、として文章が硬い、ということが挙げられます。これは社会人時代にビジネス文章しか書いていなかったことが影響しています。上司に提出するレポートや報告書じゃないんだから、もっと砕けたり、ユーモアや遊び心があってもいいんじゃないのって思ってます。

 

まあ、自分としてはいろいろなスタイルに挑戦しているつもりなのですが不発に終わっています。例えば、「これから「転職エージェントあるある」の話をしよう - クロネコの塵壺)」では小説風にしてみたり、「財布を落として交番に紛失届けを出しにいったら相談員さんの働き方に感銘を受けた話 - クロネコの塵壺」では昔話に絡めて日頃から疑問に思っていることをぶちまけてみたり。細かい話でいうと、自分のことを「私」、「僕」、「自分」と書き分けてみたり。自分の感覚や感性に合う書き方や文体を模索中なのですが、どれもしっくりきません。分からないことが分かってきた、ということでしょうか。

 

最後に今後の展望ですが、冒頭に書いた通り一週間に一度の投稿ペースを守りつつ、ユーモアや遊び心といった自分に不足している要素にも挑戦していきたいと考えています。

 

以上、極めて主観的な文章をぶちまけてしまいましたが、今後とも宜しくお願いします。